とろみをつけた。刻んだ。形を変えた。
すべて、本人のためにやったことです。
それなのに、怒られた。機嫌が悪くなった。食べてくれなくなった。
心当たりがあるなら、問題は料理ではなく、伝え方かもしれません。
この記事は、何をするかではなく、どう伝えるかの話です。
黙ってやると、別のものになります
病棟で働いていた頃、何をするにも、先に説明してからやっていました。
理由は単純です。黙ってやられると、嫌だからです。
- とろみを黙って入れられる → 「勝手に味を変えられた」
- 姿勢を黙って直される → 「扱われている」
- 刻んだものが黙って出てくる → 「子ども扱いされた」
- 量を減らして出される → 「食べられないと思われている」
やっていること自体は、正しいのです。 でも、黙ってやると、まったく別のものとして受け取られます。
同じ行為が、説明のあるなしで、別のものになります。
説明すると、受け入れてもらえます
もうひとつ、現場で感じていたことがあります。
高齢の方は、理由を説明すると納得してくださることが多いという実感です。
「決まりだから」でも「そういうものだから」でもなく、なぜそうするのかを伝えると、受け入れてくださる。
長い説明は要りません。一言で十分です。
- 「飲み込みやすくなるように、少しとろみつけたよ」
- 「むせんようにしたいから、ちょっと背中直させて」
- 「食べやすいように小さめに切ったよ」
- 「口が乾いてると食べにくいから、先に湿らせとこか」
「これからこうします」と、先に言う。 それだけです。
いちばん難しいのは、形態を下げるとき
伝え方の中で、最も難しいのがこれです。
刻む、やわらかくする、とろみをつける。 これらは本人にとって、「自分はそこまで落ちたのか」という事実の通告になります。
食事に時間がかかるときの記事で書いたとおり、「自分で食べられない」と気づいて食べなくなる方がいます。同じことが、形態を下げるときにも起こります。
「あなたのため」と言わないでください
善意なのは分かっています。でも、この言い方は効きません。
「あなたのためだから」は、決定が済んだことの通告として響きます。本人が参加する余地がありません。
理由を、本人の側から言ってください
言い換えの例です。
| 言いがちな言い方 | 言い換え |
|---|---|
| 「食べやすいように刻んだから」 | 「最近むせてたから、少し小さくしてみた。どう?」 |
| 「とろみつけたから飲んで」 | 「これくらいなら飲みやすいかな。濃かったら言って」 |
| 「もう普通のは無理だから」 | 「今はこれで、また戻せるようにしよう」 |
違いは、本人に返事の余地があるかどうかです。
「戻せる」と伝えてください
これが大きいです。
きざみ食の記事で書いたとおり、形態は下げたら終わりではありません。 状態がよくなれば戻せます。
「ずっとこれ」ではなく「今はこれ」。
この一言があるだけで、受け止め方が変わります。そして実際、戻せる場合があるのは本当のことです。
決めるのではなく、相談してください
本人に聞く
「味がしない」の記事でも書きましたが、食べる本人が、いちばんの情報源です。
- 「どれが食べにくかった?」
- 「味はどう?」
- 「明日は何にしようか」
聞かれること自体に意味があります。 自分の食事を、自分で決める余地が残る。
選んでもらう場面を作る
全部を選んでもらう必要はありません。ひとつでいいです。
間食とおやつの記事で書いた「今日のおやつは何にする?」でも構いません。食べられなくなったときの記事の「明日は◯◯を作るね」も、同じ働きをします。
決められる立場にいる、という感覚が残ることが大事です。
家族だから、言えないことがあります
ここは、病院の側から見ていて感じたことです。
家族が言うと反発するのに、医療者が言うと受け入れる。 これは、よくあります。
- 「もう刻まないと危ないよ」 → 家族が言うと、けんかになる
- 同じことを医師や看護師が言うと、「そうか」で終わる
家族だから言いにくい、ということが本当にあります。
そういうときは、第三者から言ってもらってください。
- かかりつけ医の診察のときに、先に伝えておく
- 訪問看護師から説明してもらう
- ケアマネジャーに間に入ってもらう
「家族の言うことを聞いてくれない」と悩み続けるより、言う人を変えるほうが早いことがあります。
これは家族の力不足ではありません。 近い関係だからこそ、受け入れにくいことがある、というだけの話です。
断られたときの引き方
断られることは、あります。 病棟でも、日常的にありました。
いったん引いてください
押し切ると、次から警戒されます。 「またあれをやらされる」と思われた時点で、次がやりにくくなります。
「じゃあ今日はこのままにしよか」 と引く。それでいいです。
また別の日に
一度断られたことを、二度と言えないわけではありません。
説明して、断られて、また別の日に。 その繰り返しでいいと思います。
タイミングが変われば、返事が変わることもあります。体調のいい日、機嫌のいい日、食欲のある日。
半分だけやる
全部を受け入れてもらえないなら、一部だけでも構いません。
- 全部にとろみをつけず、汁物だけ
- 全部を刻まず、食べにくいものだけ
- 姿勢を全部直さず、背中のクッションだけ
ゼロか百かにしないでください。
いちばん効いたのは、「いまどこにいるか」を伝えることでした
ここまで、ひとつひとつの行為をどう伝えるかを書いてきました。
でも、現場でいちばん効いていたのは、もっと大きな話をすることでした。
本人は、自分がどれだけ危なかったかを知らないことがあります
集中治療室(ICU)には、生死の境にいる方が入ってこられます。人工呼吸器をつけて、呼吸を助けなければいけない状態の方も、珍しくありません。
そして回復して、少しずつ話せるようになり、やがて口から食べられるようになっていく。
そのとき、本人はその間のことを覚えていないことがあります。
だから、こう思われます。
「なんでこんな食事なんや」
本人の中では、入院前と今が、地続きなのです。 その間に何があったかを知らなければ、いまの食事が理不尽に見えます。
だから、3つをまとめて伝えていました
1. 危なかったときは、どういう状態だったか
「呼吸を助ける機械をつけて、それくらい大変な時期があった」
事実として伝えます。 脅すためではありません。
2. いまは、そこから回復してここまで来た
「その状態から、いまはご飯が食べられるところまで戻ってきた」
これが大事です。 いまの状態は「落ちた結果」ではなく、「戻ってきた途中」だと伝えます。
3. これから、少しずつ戻していく
「今はリハビリの期間やから、少しずつ入院前に戻していこう」
終わりではなく、途中である。 そう伝えます。
これは「制限の説明」ではなく「現在地の説明」です
とろみをつける理由、刻む理由。そこだけを説明すると、「できないことの説明」になります。
でも、どこから来て、いまどこにいて、どこへ向かうのかを伝えると、同じ食事が「回復の途中にあるもの」になります。
受け取り方が、まったく変わります。
ご家庭でも、同じことができます
退院してきた親に、同じ説明ができます。
入院で落ちるものの記事に書いたとおり、本人も家族も「治って帰ってきた」と思っています。 そして、入院前と同じように食べられないことに、戸惑います。
だから、こう伝えてください。
- 「入院してたとき、あれくらい大変やったやん」(どれだけ大変だったか)
- 「そこから、いまはここまで食べられるようになった」(回復してきた途中)
- 「これから少しずつ戻していこう」(これからのこと)
この3つを、セットで伝えてください。
悪いところだけを言わないでください
ここが要点です。
「前より食べられなくなった」「むせるようになった」
これだけを言うと、落ちたことの確認にしかなりません。 食べられなくなったときの記事で書いた「これだけしか食べられなかった」と同じ構造です。
どこから戻ってきたかを、一緒に言ってください。
同じ状態でも、「落ちたところ」と見るか、「戻ってきたところ」と見るかで、まったく違います。
「今はこれ」が、具体的になります
この記事の前半で、「ずっとこれ」ではなく「今はこれ」と書きました。
現在地を伝えると、この「今は」に中身が入ります。
「今はリハビリの期間だから」「今はここまで戻ってきたところだから」
いつまでか分からない制限と、途中経過としての制限は、別のものです。
伝えないほうがいいこと
逆に、言わなくていいこともあります。
「今日はこれだけしか食べてない」
食べられなくなったときの記事で書いたとおりです。「これだけしか」ではなく「これは食べられた」。
同じ事実でも、口に出すほうを変えてください。
心配を、そのままぶつけない
「このままだと弱る」「痩せてきてるよ」
心配なのは分かります。 でも、言われた側にできることはありません。不安だけが残ります。
心配は、家族の中や、医療者との間で共有してください。
比べない
「前はもっと食べられたのに」
本人がいちばん分かっています。
まとめ
- 黙ってやると、同じことが別のものになる。 先に説明する
- 説明は一言でいい。 「これからこうします」
- 形態を下げるときがいちばん難しい。 「ずっと」ではなく「今は」
- 決めるのではなく、相談する。 選んでもらう場面をひとつ残す
- 家族だから言えないことがある。 第三者から言ってもらっていい
- 断られたら、いったん引く。 また別の日に。半分だけでもいい
- 「これだけしか」を言わない。 心配をそのままぶつけない
そして、いちばん効くのは「いまどこにいるか」を伝えることです。
- どれだけ大変だったか(本人は覚えていないことがあります)
- そこから、ここまで戻ってきた
- これから、少しずつ戻していく
この3つをセットで。 悪いところだけを言わないでください。
同じ状態でも、「落ちたところ」と見るか「戻ってきたところ」と見るかで、まったく違います。
食事の工夫は、本人と一緒にやることです。
本人のためにやっていることが、本人に伝わっていないと、ただ取り上げられているだけになります。
次に読む記事
この記事を書いた人
調理師の資格が取れる高校を卒業後、看護師として病院に勤務。集中治療室(ICU)を経て、再び食の世界へ。医療と調理の両方の現場から、家庭でできる療養食のことを書いています。
看護師/調理師/食育インストラクター/野菜ソムリエ
