「とりあえず刻む」の前に知ってほしいこと

親が食べにくそうにしている。そう感じたとき、多くの家庭がまず手に取るのは包丁です。

小さく刻めば食べやすくなるはず。飲み込みやすくなるはず。その気持ちはとてもよく分かります。でも、刻むことで、かえって食べにくくなる場合があります。

これは調理の現場でも、医療の現場でも知られている話です。けれど家庭にはあまり伝わっていません。この記事では、刻む前に知っておいてほしいことをお伝えします。

刻んだものは、口の中でバラバラになる

私たちがものを食べるとき、口の中では2つのことが同時に起きています。

ひとつは噛み砕くこと。もうひとつは、砕いたものを唾液と混ぜてひとつのかたまりにまとめることです。この「まとめる」作業を経て、はじめて飲み込める形になります。

刻み食は、このうち前半の「噛み砕く」を代わりにやってくれます。ここは確かに楽になります。

問題は後半です。細かく刻まれたものは、口の中でひとつにまとまりにくい。 バラバラのまま口の中に散らばり、それを舌でかき集めてまとめる作業が必要になります。この「まとめる力」が落ちている人にとっては、刻み食はむしろ難しい食べ物になり得ます。

実際に起きていること

病院で高齢の患者さんの食事を見ていて、よくあったのが刻み食での口の中の残りでした。飲み込んだつもりでも、口の中に細かいものが残っている。

うまく飲み込めないまま残っていると、そこからむせ込みにつながります。むせ込みを繰り返すことは体への負担になりますから、医療の現場では食事の時間を見守りながら進めていました。

「細かくしたのに、うまくいっていない」。この状態は、決して珍しくありません。

食べにくそうなら、あえて「戻す」という選択もあります

ここが、この記事で最もお伝えしたいことかもしれません。

刻み食で食べにくそうにしている方に対して、病院の現場ではあえて一口大に戻すという判断をすることがありました。細かくするのではなく、逆に大きくする。

一口大のほうが、口の中でまとまりを保てるからです。噛む力がある程度残っているなら、細かく散らばったものを集めるより、ひとかたまりを噛むほうがずっと楽なのです。

もうひとつの方法が、とろみで補うことです。刻んだものにとろみを混ぜて、ひとつのかたまりにする。本来なら口の中で唾液がやってくれる「まとめる」という仕事を、とろみに肩代わりしてもらう。

この2つを試すと、食事の量そのものが増えることがありました。 食べる意欲が戻ったのではなく、単に食べやすくなったからです。

食べにくそうだから、もっと細かく。その反対の手があるということを、頭の隅に置いておいてください。

「噛む力」と「飲み込む力」は別のもの

食べにくさには、大きく分けて2つの原因があります。

噛む力の問題

歯や入れ歯の不具合、あごの筋力の低下など。硬いものが食べられないという形で出ます。

このタイプには、刻むこと・やわらかく煮ることが効きます。方向として正しい対応です。

飲み込む力の問題

飲み込みのタイミングや、食べ物を喉へ送る動きの問題です。やわらかいものでもむせる、水やお茶でむせるという形で出ます。

このタイプに刻み食を出すと、先ほどの「まとまらない」問題が起きます。方向が逆になってしまうことがあります。

つまり、刻むかどうかを決める前に、どちらの問題なのかを見極める必要があるということです。

家庭でできる見極めの目安

正確な評価は専門職の仕事ですが、家庭でも傾向はつかめます。

こんな様子なら疑われるのは
硬い肉や根菜だけ残す。やわらかいものは普通に食べる噛む力
やわらかいものでもむせる飲み込む力
水やお茶でむせる飲み込む力
食べるのに時間はかかるが、むせはしない噛む力
食後に声が湿ったように変わる飲み込む力

「以前どうだったか」を必ず合わせて見る

病院で食事の形態を決めるとき、いまの状態だけを見て決めていたわけではありません。入院する前にどんなものを食べていたかと、いまの状態。その両方を突き合わせて、刻み食にするか一口大にするかを判断していました。

家庭でも同じ見方が使えます。「半年前まで普通に食べられていた」のか、「もう何年も前から少しずつ」なのか。この違いで、いまどこまで戻せそうかの見当がつきます。

短期間で急に変わったのであれば、それ自体が相談すべきサインでもあります。

それでも刻むなら、3つだけ守ってください

事情があって刻むという選択をすることもあります。その場合は、次の3つで「まとまらない」問題をかなり減らせます。

1. あんをかける

いちばん効きます。刻んだものにとろみのあるあんをかけると、バラバラだったものがひとつにまとまります。和食にはこの技術がもともとあります。 詳しくは別記事で書きますが、これは家庭でできる最も効果的な工夫のひとつです。

2. 大きさを揃える

大小が混ざっていると、口の中での扱いが難しくなります。細かさよりも均一さを意識してください。

3. パサつくものは水分と合わせる

刻んだだけのそぼろ状の肉、ゆで卵、ふかしたいも。こうしたものは口の中で散りやすいので、煮汁やあん、マヨネーズなどでまとめてから出します。

刻む以外の選択肢

刻むことだけが道ではありません。順番として、こちらを先に検討してください。

一口で収まる大きさに切る — 硬さではなく大きさが問題なだけ、ということがあります。まずここから。

やわらかく煮る — 時間をかけて煮る、圧力鍋を使う。素材の形を保ったままやわらかくできるので、見た目も食欲も損ないません。

繊維を断つ — 肉なら筋を切る、繊維に対して直角に切る。野菜なら繊維を断つ方向に。切り方を変えるだけで、噛みやすさは大きく変わります。

下処理を足す — すりおろした野菜や酵素を含む食材に漬ける、片栗粉をまぶす。和食の下ごしらえの技術がそのまま使えます。

市販のやわらか食を使う — 全部を手作りする必要はありません。市販品にはユニバーサルデザインフード(UDF)という区分があり、「容易にかめる」「歯ぐきでつぶせる」「舌でつぶせる」「かまなくてよい」の4段階で表示されています。ここを目安に選べます。

専門職に見てもらったほうがいいとき

次のような様子があれば、家庭での工夫だけで進めず、一度相談してください。

  • やわらかいものでもむせる
  • 水やお茶でむせる
  • むせが毎食のように続く
  • 熱を繰り返している
  • 短期間で食べられるものが急に減った

相談先は、まずかかりつけ医です。飲み込みについては、リハビリを行っている医療機関や、言語聴覚士のいる施設で評価を受けられます。歯や入れ歯が原因のこともあるので、歯科も選択肢に入ります。

評価を受けると、何をどこまでやわらかくすればいいかが決まります。 そこが決まってから調理を組み立てるほうが、家族の負担も結果的に軽くなります。

まとめ

  • 刻んだものは口の中でまとまりにくく、かえって飲み込みにくくなることがある
  • 食べにくさには「噛む力」と「飲み込む力」の2種類があり、刻み食が向くのは前者だけ
  • 食べにくそうなときは、あえて一口大に戻す、とろみでまとめるという逆方向の手がある
  • いまの状態だけでなく、以前どうだったかと合わせて見る
  • 刻むなら、あんをかける・大きさを揃える・水分と合わせる

包丁を持つ前に、まず食べている様子を一度よく見てください。そこで方向が決まります。

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この記事を書いた人

調理師の資格が取れる高校を卒業後、看護師として病院に勤務。集中治療室(ICU)を経て、再び食の世界へ。医療と調理の両方の現場から、家庭でできる療養食のことを書いています。

看護師/調理師/食育インストラクター/野菜ソムリエ

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