食べる量が減っていく。工夫しても、あまり変わらない。
そういう時期が来ることがあります。
この記事は、解決策を書くものではありません。 ただ、その時期に家族が抱えることについて、少しだけ書いておきたいと思いました。
食べることは、栄養だけの話ではありません
集中治療室(ICU)には、口から食事をとれない方が多くいます。点滴で栄養を補いながら、回復を待つ。
その方たちが少しずつ回復して、また口から食べられるようになる場面を、何度も見てきました。
そのとき変わるのは、体の数値だけではありませんでした。
点滴だけだった頃は、表情が暗く、どこか活気がない。それが、口から食べられるようになるにつれて、顔つきが明るくなっていく。話し方が変わる。リハビリにも前向きになる。そういう方が、本当に多かった印象があります。
食べることは、栄養を摂ることだけではない。それを、あの場所で知りました。
「食べさせられない」と感じている家族へ
食べてもらえないとき、多くの家族が自分を責めます。
- 作り方が悪いのではないか
- もっと早く気づくべきだったのではないか
- 自分が無理にでも食べさせるべきなのではないか
ここで、ひとつお伝えしておきたいことがあります。
看護師が介助しても、食べてもらえないことは普通にあります。
私も何度もありました。プロだから食べてもらえる、ということはありません。食べられない分は点滴で補いながら、それでも食事の時間は続いていきます。
ですから、食べてもらえないことを、ご自身の作り方や接し方のせいだと思わないでください。
ただ、諦めていたわけでもありません
病棟では、まず本人の食の好みを聞いていました。 そして医師や栄養士と話し合い、できるだけ好みに近いものを出せるように手配していました。
とろみを嫌がる方には、とろみをつけずに飲み込めるようになるための訓練を検討する、ということもあります。「食べないから仕方ない」で止めずに、変えられるところを探す。 そういう動き方です。
ご家庭でも同じです。うまくいかないときは、ひとりで抱えずに相談してください。別の手が見つかることがあります。
病院にできなくて、家庭にできることがあります
ひとつだけ、病院ではどうにもできなかったことがあります。味です。
病院食は塩分もカロリーも管理されているので、「味が薄い」と言われても、変えてあげることができませんでした。
でも家庭は違います。その人が好きだった味に、寄せることができます。 出汁を濃くする、酸味を足す、香りを立てる。塩分の指示の範囲内でも、できることはかなりあります。
病院より劣っていると思う必要はありません。病院にできなくて、家庭にできることがあるのです。
無理に食べさせることについて
心配なあまり、口に運んでしまうことがあります。気持ちは分かります。
ただ、食べる力が落ちているときに無理に進めると、負担になることがあります。 飲み込みきれないまま口の中に残り、それが気管に入ってしまうこともあります。
「もう少し食べて」と言いたくなったときは、一度止まってください。そして、気になる様子があれば、自分たちで判断せず、医師や看護師に相談してください。
話しておいたほうがいいこと
食べられなくなったときにどうしたいか。元気なうちに話しておけると、あとが違います。
ただ、これは簡単な話ではありません。切り出しにくいし、本人も家族も避けたい話題です。
正直に書きます。元気なうちに話し合えている家族は、多くありません。
実際には、食べられなくなってから考え始めることがほとんどです。そして危険な時期を越えたあと、これからの栄養をどうするかという話が、医師から示されます。点滴を続けるのか、胃に直接栄養を送る方法(胃瘻)をとるのか。
そのとき、本人の意思が分からないまま、家族が決めることになります。
どの選択が正しいということはありません。ご家族によって答えは違いますし、それでいいのだと思います。 ただ、重い判断であることは確かです。
だからこそ、元気なうちに一度でも話せていると、まったく違います。
とはいえ、「そんな話はできていない」という方がほとんどです。それが普通です。 責める意図はまったくありません。そのときは、医師や看護師と一緒に考えてください。家族だけで決める必要はありません。
食べられなくても、できることがあります
量が食べられなくなっても、できることは残ります。
「食べたい」と思える状態をつくる
病棟でやっていたことを、ひとつ紹介します。
食事が運ばれてくる前に、今日の献立を伝えていました。 あるいは献立表そのものをお渡しして、好きなものが出る日を見つけてもらう。
「今日は◯◯が出ますよ」と先に伝えるだけで、「それなら食べられそう」と思ってもらえることがあります。
目の前に置かれてから考えるのと、前もって知っているのとでは、気持ちの準備が違います。
ご家庭でも同じことができます。「明日は◯◯を作るね」と伝えておく。それだけです。
全部食べられなくても、そこを喜ぶ
食事は無理でも、デザートだけは食べられた。ジュースだけは飲めた。
そういうとき、そこをきちんと喜んでいました。 「食べられましたね」と声をかける。それが次につながることがあります。
「これだけしか食べられなかった」ではなく、「これは食べられた」。
同じ出来事でも、どちらを口に出すかで、本人の気持ちが変わります。
ほかにもあります
- 好きだったものの匂いを嗅いでもらう
- ひと口だけ、味わってもらう
- 一緒に食卓につく
- 食事の話をする
全部を食べることだけが、食事ではありません。
最後に
食は、人の体そのものをつくっています。それと同時に、人生の楽しみのひとつでもあります。
一緒においしく食べられる日が、一日でも多くありますように。
相談先
ひとりで抱えないでください。
- かかりつけ医
- 訪問看護、訪問診療
- ケアマネジャー(介護保険を利用している場合)
- 地域包括支援センター(どこに相談していいか分からないとき)
「こんなことで相談していいのか」と思う必要はありません。食べられなくなることは、医療と介護の両方が関わる問題です。
この記事を書いた人
調理師の資格が取れる高校を卒業後、看護師として病院に勤務。集中治療室(ICU)を経て、再び食の世界へ。医療と調理の両方の現場から、家庭でできる療養食のことを書いています。
看護師/調理師/食育インストラクター/野菜ソムリエ
