食事の姿勢と環境 ── 作る前にできること

食べやすくする工夫というと、まず料理のことを考えます。

やわらかくする。刻む。とろみをつける。

でも、調理に手をかける前に、もっと簡単で、もっと効くことがあります。

座り方です。

同じ料理でも、姿勢が違うだけでむせやすさが変わります。そして姿勢は、今日から、お金をかけずに変えられます。

この記事は、このサイトの中でいちばん実行が簡単な回です。

なぜ姿勢が効くのか

飲み込むという動作は、重力と体の向きに助けられています。

上を向いた状態で飲み込むと、食べ物が喉の奥にまっすぐ落ちていきます。気管の入り口が開いた方向です。

逆に、少しあごを引いた状態だと、喉の通り道が変わり、食べ物が気管に入りにくい向きになります。

薬を飲むとき、上を向いて飲む人がいます。あれは、飲み込む力が落ちている方にとっては危ない飲み方です。

椅子に座って食べる場合

足が床についていますか

これが最初に見るところです。

足が浮いていると、体が安定しません。体が安定しないと、飲み込むときに力が入りません。

高齢の方は、椅子が高すぎて足が届いていないことがよくあります。座ったときにかかとが浮いているなら、

  • 足台を置く(雑誌や木の板でも構いません)
  • 椅子を低いものに変える

これだけです。

深く座れていますか

浅く腰かけて背中が丸まっていると、あごが上がります。背もたれまで深く座って、骨盤を立てる。

背中と背もたれの間に隙間ができるなら、クッションやタオルを入れてください。

あごが上がっていませんか

いちばん大事な点です。

  • テレビが高い位置にあって、見上げながら食べている
  • 食卓が高すぎて、腕を上げて口に運んでいる
  • 介助する人が立っていて、見上げる形になっている

軽くあごを引いた姿勢が基本です。うなずくくらいの角度を意識してください。

テーブルの高さ

ひじが自然に乗る高さが目安です。

高すぎると腕が上がり、あごも上がります。低すぎると前かがみになりすぎます。

テーブルが高いなら、椅子にクッションを敷いて座面を上げるほうが調整しやすいです(ただし足が浮かないように、足台とセットで)。

ベッドで食べる場合

寝たきりに近い状態の方、起き上がるのがつらい方の場合です。

角度

上体を起こしてください。 どのくらい起こすかは、その人の状態によります。

ここは自己判断で決めないでください。 訪問看護や訪問診療を受けているなら、角度の目安を聞いておくのが確実です。退院前なら、病棟でどうしていたかを看護師に聞いてください(退院後1週間の記事)。

体がずり落ちていませんか

ベッドの角度を上げると、時間とともに体が下にずれていきます。

ずれると、背中が丸まってあごが上がり、いちばん危ない姿勢になります。

  • 膝の下に枕やクッションを入れる(ずり落ちにくくなります)
  • 食事の途中でも、ずれていたら一度直す

病棟でも、食事前に必ず姿勢を整えてから配膳していました。姿勢を作るところまでが、食事の準備です。

頭の位置

枕が高すぎても低すぎても、あごの角度が変わります。軽くあごが引けているかを見てください。

首の後ろに隙間が空いているなら、薄いタオルを一枚入れるだけで安定することがあります。

食べたあと、すぐに横にならない

これも重要です。

食後すぐに横になると、胃の中のものが戻ってくることがあります。 それが気管に入ると、肺炎につながることがあります。

食後は、しばらく体を起こしたままにしてください。 どのくらいの時間かは状態によりますが、最低でも食べてすぐに寝かせるのは避けてください。

指示が出ている場合は、その指示に従ってください。

ICUでやっていたこと ── 姿勢は「作るもの」です

私がいた集中治療室(ICU)では、ベッドの上で食事をとる方がほとんどでした。 起き上がって食卓につける方は、ほとんどいません。

だからこそ、姿勢を作ることにこだわっていました。 理由は2つあります。

1. あごを引いた姿勢を、必ず作る

医療の現場では、この姿勢を「頸部前屈位(けいぶぜんくつい)」と呼びます。難しい言葉ですが、要するに、あごを軽く引いた状態のことです。

なぜこれを毎回確認していたかというと、上を向いた姿勢は、食べたものが気管に入りやすい向きだからです。あごが引けていれば、その向きが変わります。

そして大事なのは、これは自然にそうなるものではないということです。

ベッドの角度を上げただけでは、あごは引けません。枕が低ければ頭が後ろに倒れ、高すぎれば苦しくなる。枕やタオル、クッションを使って、その人にとっての角度を作る必要があります。

首の後ろに隙間ができているなら、薄いタオルを一枚入れる。 それだけで安定することがあります。

姿勢は、整えるものではなく、作るものです。

2. 体を支える力を、食べることに回す

こちらのほうが、家庭で知っておいてほしい話かもしれません。

ICUにいる方は、自分の体を支える筋力が残っていないことが多いです。

その状態で、体を自分で支えながら、さらに食事もしてくださいというのは、かなりきついことです。

考えてみてください。体を支えることに力を使ってしまうと、食べることに使う力が残りません。

だから、ポジショニングにこだわっていました。体を支える仕事を、こちらが引き受ける。 そうすれば、本人は食べることだけに集中できます。

家庭でも、同じことができます

道具は、家にあるもので足ります。

  • 背中と背もたれの隙間を、クッションで埋める
  • ひじがテーブルに乗るようにする(腕の重さを預けられます)
  • 足を床につける(届かなければ足台。ベッドなら足元にクッション)
  • 体が片側に傾くなら、傾く側にクッションを入れる

考え方はひとつです。

「本人が姿勢を保っている」状態にしないでください。 保たなくていいように、周りで支える。

これは、食事に時間がかかる話ともつながります

食事に時間がかかる理由のひとつに、「疲れている」がありました。

姿勢を支えることに体力を使っていると、そこから疲れます。 食事の後半になるほど体が沈み、背中が丸まり、あごが上がっていく。そして、いちばん危ない姿勢になります。

「食べる力がない」のではなく、「体を支えるので精一杯」ということがあります。

食事の途中で姿勢が崩れていたら、一度直してください。直すだけで、後半の食べ方が変わることがあります。

介助するときの位置

家族が食事を介助する場合です。

立ったまま介助しない

立って上から食べさせると、本人は見上げる形になります。 あごが上がって、いちばん危ない姿勢になります。

必ず座ってください。 本人の目線と同じか、少し低いくらいの高さから運ぶのが理想です。

横に座る

正面より、少し横のほうが運びやすいことが多いです。本人の利き手側に座ると、自分で食べる動作の邪魔になりにくくなります。

スプーンは、下から水平に

上から口に入れると、あごが上がります。下から、水平に近い角度で運んでください。

そしてスプーンを抜くときも、上に引き上げない。水平に引く。

ひとさじの量

退院後1週間の記事で書いたことの繰り返しになりますが、ここでも書いておきます。

一度にすくう量が多いと、飲み込みきれずに口の中に残ります。 残ったまま次を入れると、さらに溜まります。

一口ごとに、飲み込めたかを確かめてから次を入れてください。 口の中が空になっているかを見る。それだけです。

急がないでください。待つ時間も介助のうちです。

環境も、食事の一部です

姿勢の次は、まわりの環境です。ここは地味ですが、効きます。

食卓で食べる

可能なら、ベッドの上ではなく食卓で。 場所が変わるだけで、食事の時間だという切り替えが起きます。

テレビを消す

集中できなくなります。そしてテレビを見ながらだと、顔が横や上を向きます。

音楽くらいがちょうどいい、という方もいます。本人に合わせてください。

明るくする

暗いと、何を食べているのか分かりません。見えないものは、食欲が湧きません。

そして見えていないと、口に入るものが予測できず、構えができないまま飲み込むことになります。

器を見直す

  • 大きい器に少量は、残して見えます。小さい器に、ちょうどよく
  • 色のコントラストをつける(白い器に白い粥は、見えにくい)
  • 持ちやすい重さ・形
  • 滑り止めマット(自分で食べる方には効きます)

一緒に食べる

これがいちばん効くかもしれません。

ひとりで食べる食事と、誰かと食べる食事は、別のものです。

退院後1週間の記事で書いたとおり、家族が介助すると食べるという方がいます。同じことです。食卓に誰かがいるということ自体に、意味があります。

忙しくて難しい日もあります。でも、一日一食でも一緒に座れると、違います。

相談したほうがいいとき

姿勢を整えても、

  • むせが続く
  • 熱を繰り返す
  • 食後にぐったりする

こういう場合は、姿勢の工夫の範囲を超えています。様子を見ずに、かかりつけ医に相談してください。

飲み込みの状態は、専門的な評価ができます。言語聴覚士による評価を受けられる場合もあります。「どこに相談すればいいか分からない」ときは、ケアマネジャーや地域包括支援センターへ。

まとめ

椅子の場合

  • 足が床につく(届かないなら足台を)
  • 深く座る。背中に隙間があればクッション
  • あごを軽く引く。 見上げる形にしない
  • テーブルはひじが自然に乗る高さ

ベッドの場合

  • 上体を起こす。角度は自己判断せず、確認を
  • 膝の下にクッションで、ずり落ち防止
  • 食後すぐに横にしない

共通する考え方

  • あごを引いた姿勢は、自然にはできません。作るものです(枕・タオル・クッションで)
  • 体を支える力を、食べることに回す。 支える仕事は、周りが引き受ける
  • 食事の途中で崩れていたら、一度直す

介助するとき

  • 立ったまま介助しない。座る
  • スプーンは下から水平に
  • ひとさじは少なく。飲み込みを確かめてから次を

環境

  • テレビを消す。明るくする
  • 器を見直す(小さめ、見やすい色)
  • できれば、一緒に食べる

料理を変える前に、まず座り方を見てください。 今日からできて、お金もかかりません。

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この記事を書いた人

調理師の資格が取れる高校を卒業後、看護師として病院に勤務。集中治療室(ICU)を経て、再び食の世界へ。医療と調理の両方の現場から、家庭でできる療養食のことを書いています。

看護師/調理師/食育インストラクター/野菜ソムリエ

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