食事は少しずつ食べている。でも、水分をあまり飲んでいない気がする。
コップに注いだ麦茶が、夕方までそのまま残っている。声をかけると一口だけ飲む。それで終わる。
高齢の方の水分不足は、家族が最初に気づきにくい問題です。食べた量は皿を見れば分かりますが、飲んだ量は見えないからです。
この記事では、家庭でできる「見える化」と、飲んでもらうための工夫を書きます。
最初に ── これは医療の判断が要る領域です
先に線を引いておきます。
水分をどのくらい摂るべきかは、その人の状態によって違います。 心臓や腎臓の状態によっては、水分量を制限されていることがあります。逆に、意識して多めに摂るよう言われている方もいます。
指示が出ている場合は、その指示が最優先です。 この記事は「決められた量を、どうやって実際に飲んでもらうか」の工夫の話として読んでください。
そして、次のような様子があるときは、工夫を試す前に連絡してください。
- ぐったりして、呼びかけへの反応が普段と違う
- 丸一日ほとんど飲めていない
- 飲むたびにむせている
- 熱がある
水分が足りないことは、体調の変化として表に出ます。 様子を見て粘る場面ではありません。
まず「見える化」してください
工夫の前に、現状を把握します。これをやらずに対策を始めても、効いているかどうかが分かりません。
やり方はひとつだけ
朝、1日分の水分を1本のボトルか1つのポットにまとめて用意する。
そこから注いで飲んでもらい、寝る前に残りを見る。それだけです。
記録表をつけるより、はるかに続きます。残量を見るだけで、その日どれくらい飲めたかが分かります。
家族が別々に注いでいると、誰も全体量を把握していない、ということが起こります。ひとつにまとめるだけで、それがなくなります。
食事の水分も入っています
ここは誤解されやすい部分です。
水分は、飲みものだけから摂るものではありません。 味噌汁、お粥、煮物の煮汁、果物、ゼリー。これらも水分です。
お粥を食べている方は、ごはんを食べている方より、食事からの水分がかなり多くなります。
ですから、「コップ何杯飲んだか」だけで判断しないでください。汁物を毎食飲んでいるなら、それも計算に入ります。
なぜ飲まないのか ── 理由によって対応が変わります
「飲んでください」と言い続けても変わらないときは、理由を見てください。
むせるから、本人が避けている
これがいちばん多い理由です。
水はとろみのある液体より飲み込みにくく、むせやすい。一度つらい思いをすると、本人は無意識に水分を避けるようになります。
飲む量が減ったのが「食べる力が落ちてきた時期」と重なっているなら、この可能性を考えてください。
→ 対応:とろみ剤の選び方と使い方を読んでください。ただし、とろみの要否と濃さは自己判断で決めないでください。 むせがあるなら、まず相談です。
トイレが近くなるのが嫌
これも非常に多いです。 そして本人はあまり口に出しません。
夜中にトイレに起きたくない。間に合わないのが怖い。人に迷惑をかけたくない。そう思って、自分から水分を控えている方がいます。
→ 対応:日中の早い時間に多めに飲んでもらい、夕方以降は控えめにする。1日の総量を保ったまま、時間配分を変えます。
「夜のために、昼にしっかり飲んでおこう」という言い方のほうが、伝わります。
のどの渇きを感じにくくなっている
年齢を重ねると、体が水分を必要としていても、渇きとして感じにくくなることがあります。
「喉が渇いていないから、いらない」という言葉を、そのまま受け取れない場合があります。
→ 対応:渇いたら飲むのではなく、時間を決めて出す。 本人の感覚に任せない設計にします。
コップを持つのがつらい、こぼすのが嫌
手に力が入らない。震える。こぼして汚すのが嫌だから飲まない。
道具の問題であることが、意外とあります。
→ 対応:軽いコップに変える。取っ手つきにする。中身を半分にする(満杯のコップは重く、こぼす不安も大きい)。
味に飽きている
毎回同じ麦茶。これが何か月も続いている。
→ 対応:後述します。ここは家庭が強い部分です。
病棟でやっていたのは、この2つでした
「飲んでください」と言い続けるのではなく、飲む機会のほうを作っていました。
動いたあとに、一口
リハビリのあと、清拭(体を拭くこと)のあと、少しでも体を動かしたあとに、水分をお勧めしていました。
一口でも構いません。飲みきらなくてもいい。大事なのは、動いたら飲む、という流れを作ることです。
これを続けていると、習慣になります。 そのうち、こちらが言う前に手が出るようになる方もいました。
ご家庭でも、同じことができます。
- 散歩から帰ったとき
- デイサービスから帰ってきたとき
- 入浴のあと
- 着替えたあと
- トイレから戻ったとき
「喉が渇いたら飲む」ではなく、「これをしたら飲む」に変えてください。
前に書いたとおり、年齢を重ねると渇きを感じにくくなることがあります。本人の感覚をきっかけにしない。行動をきっかけにする。 そのほうが確実です。
そして毎回同じタイミングにしてください。 バラバラだと習慣になりません。
トイレを気にしている人には、トイレに連れて行く
これが、いちばんお伝えしたいことかもしれません。
トイレが心配で水分を控えている方に、「大丈夫だから飲んで」と言っても変わりません。心配の中身が消えていないからです。
病棟では、そういう方には定期的にトイレへお誘いしていました。 本人が言い出す前に、こちらから声をかける。
そして、リハビリのついでに廊下を歩きながら、そのままトイレへということもよくやっていました。わざわざトイレのために動いてもらうのではなく、動く用事の途中にトイレを組み込むわけです。
これだと、本人が「トイレに行きたいと言う」必要がありません。頼む負担がなくなります。
ご家庭でも、考え方は同じです。
- 時間を決めて、こちらから声をかける(「そろそろ行っておく?」)
- 散歩や移動のついでに、トイレを経由する
- 夜のトイレを安全にする(廊下の明かり、動線に物を置かない、手すり)
水分を控えさせる代わりに、トイレを行きやすくする。 これが正しい順番です。
「飲まないから出ない」という状態は、本人にとって安心かもしれませんが、体にとっては別の問題になっていきます。
この2つに共通しているのは、「本人に頑張らせていない」ことです。
飲む意志を持ってもらう、我慢しないでもらう、ではなく、飲む場面と、行きやすい環境を、こちらが用意する。
水分は、そのほうが入ります。
飲んでもらうための工夫
「一度にたくさん」を求めない
コップ一杯を飲みきってもらおうとすると、断られます。
一口分を、回数多く。 これがいちばん確実です。
- 通りかかるたびに、ひと口
- テレビを見ている横に、小さいコップを置いておく
- 薬を飲むタイミングで、ついでにもう一口
1日に10回、ひと口ずつで、コップ2杯分になります。
病棟でも、こまめに声をかけて少しずつ、という進め方をしていました。まとめて飲んでもらうより、結果的に量が入ります。
目の届くところに置いておく
冷蔵庫の中にあると、飲みません。手を伸ばせば届くところに置いてください。
ふたつきの小さい容器なら、こぼれる心配も減ります。
種類を増やす
水と麦茶だけにしない、ということです。
- 味噌汁、すまし汁(出汁の味なら塩分を抑えられます)
- 番茶、ほうじ茶(カフェインが気になるなら)
- 果汁を薄めたもの
- 甘酒(飲む点滴と言われますが、糖分が多いので量は控えめに)
- 牛乳、乳酸菌飲料
「今日は何が飲みたい?」と聞けること自体が、家庭の強みです。 病院では選べません。
汁物を一品増やす
いちばん自然な方法かもしれません。
朝の味噌汁に加えて、夕食にすまし汁を一品。 それだけで水分量が変わります。
汁物は、減塩の記事で書いたとおり薄くてかまいません。 出汁の味がしっかりしていれば、薄味でも美味しく飲めます。具を増やせば栄養も摂れます。
ゼリー、寒天、果物を使う
飲むのが難しい方には、食べる形の水分があります。
- ゼリー飲料
- 寒天寄せ
- 果物(すいか、梨、みかん、いちご。水分が多いものを)
- シャーベット状にしたもの
冷たくて口当たりがよいものは、食欲がないときでも入りやすい。夏場は特に、ここが効きます。
ただし、ゼリーなら安全とは限りません。 口の中でばらけるタイプのゼリーは、かえって飲み込みにくいことがあります。むせがある方は、飲み込みやすさを確認してから使ってください。
やってしまいがちなこと
「飲んで」と繰り返す
言われるほど、飲みたくなくなります。声をかける回数より、置き方と出し方を変えるほうが効きます。
一度に大量に出す
500mlのペットボトルを渡して「これ全部ね」と言うと、プレッシャーになります。小さいコップに、何度も。
夜にまとめて飲ませる
日中に飲めなかった分を、夜に取り戻そうとしない。夜間のトイレが増え、本人が翌日からさらに控えるようになります。
むせているのに、水で押し込む
食べ物が喉に残っている感じがするとき、水で流し込むと余計にむせることがあります。 むせが続くようなら、水分の形態そのものを相談してください。
季節の注意
夏は言うまでもありませんが、見落とされやすいのは冬です。
暖房で空気が乾き、汗をかいている自覚もないまま水分が失われます。そして寒いと、冷たい飲みものを避けるようになります。
冬は、温かい水分を増やしてください。 白湯、ほうじ茶、汁物。温かければ、量が入ります。
まとめ
- 指示が出ていれば、それが最優先。 ぐったりしている・丸一日飲めていないときは、すぐ連絡を
- まず1日分をひとつの容器にまとめて、見える化する
- 食事の汁物・お粥・果物も水分のうち
- 飲まない理由を見る(むせ/トイレ/渇きを感じない/道具/飽き)
- 一口を、回数多く。 手の届くところに置く
- 「渇いたら飲む」ではなく「これをしたら飲む」。 動いたあとに一口、を習慣に
- トイレが心配な人には、水分を減らすのではなくトイレに行きやすくする
- 種類を増やす。汁物を一品増やすのがいちばん自然
- ゼリーや果物という形もある。ただし飲み込みやすさは確認を
- 冬こそ、温かい水分を
水分は、「飲ませる」より「飲める形で、いつもそこにある」ようにするほうが入ります。
そして、本人に頑張らせない。 飲む場面と、行きやすい環境を用意する。それが病棟でやっていたことです。
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この記事を書いた人
調理師の資格が取れる高校を卒業後、看護師として病院に勤務。集中治療室(ICU)を経て、再び食の世界へ。医療と調理の両方の現場から、家庭でできる療養食のことを書いています。
看護師/調理師/食育インストラクター/野菜ソムリエ
