医師から塩分を控えるように言われた。その通りに作った。
そうしたら、親から「味がしない」と言われた。
食べてもらえなければ意味がないのに、塩を足すわけにもいかない。この板挟みは、減塩を始めた家庭がほぼ全員ぶつかる壁です。
でも、料理の世界から見ると、これは解ける問題です。
なぜなら、「味」は塩だけで作るものではないからです。
最初に ── 塩分の量は指示に従ってください
念のため書いておきます。
どのくらい塩分を控えるかは、医師や管理栄養士の指示によります。この記事は「決められた塩分量の中で、いかに美味しくするか」の話です。指示された量を勝手に増やす話ではありません。
逆に言えば、同じ塩分量でも、美味しさはまったく変わります。 そこが今日の本題です。
なぜ「味がしない」と感じるのか
原因は2つあります。
1. 塩を減らした分、他が何も足されていない
多くの家庭で起きているのはこれです。醤油を半分にしただけ。塩を控えただけ。引き算しかしていない状態です。
料理としては、味の骨格が抜けてしまっています。
2. 味を感じる力そのものが変わっている
年齢を重ねると、味やにおいの感じ方が変わることがあります。薬の影響や、口の中の乾燥が関係していることもあります。
この場合、同じ味付けでも本人には薄く感じられます。 家族が「ちゃんと味をつけたのに」と思っても、本人の感じ方は違う、ということが起こります。
入院中の「味がしない」は、少し別の話です
病棟でも「味がしない」という声はよく聞きました。
ただ、そこには2つの理由が混ざっていました。ひとつは、年齢とともに味を感じる力が落ちてきていること。もうひとつは、病院食がそもそも塩分を控えて作られていることです。後者は、こちらではどうにもできませんでした。
ご家庭で考えるときは、ここを分けて見てください。
入院中だけ「味がしない」と言っていたのなら、病院食の味付けが理由かもしれません。家に帰って普段の味付けに戻し、それで満足しているなら、感じ方そのものは大きく変わっていない可能性があります。
家に帰ってからも「味がしない」と言うなら、感じ方が変わってきているのかもしれません。その場合は、塩を足すのではなく、これから書く方法で補ってください。
塩の代わりに使える5つの武器
減塩は引き算ですが、足せるものがあります。
1. うま味 ── 最も効きます
これが和食の最大の強みです。
出汁のうま味は、塩分が少なくても「味がある」と感じさせます。 昆布、かつお、椎茸、煮干し。それぞれうま味の種類が違い、組み合わせると強くなります。
昆布とかつおを合わせるのは、料理として理にかなっています。
さらに、うま味を持つ食材そのものを使う手もあります。
- 干し椎茸、きのこ類
- トマト
- 発酵調味料(味噌、醤油は少量で)
出汁を濃くひくだけで、塩を減らせます。 ここが第一の答えです。
2. 酸味
酢、レモン、すだち、かぼす。
酸味は塩味を引き立てます。 同じ塩分量でも、酸味があると味が立ちます。焼き魚に柑橘を添える、和え物に酢を使う。
ただし入れすぎると、酸っぱいだけになります。隠れる程度が適量です。
3. 香り
香りは、味覚が弱くなっても感じやすい要素です。
- 薬味(生姜、しそ、みょうが、ねぎ、山椒)
- ごま、ナッツ
- ごま油、オリーブオイル
- 焼き目、焦がし(香ばしさ)
香りが立つと、食欲そのものが動きます。皿の前に置いた瞬間に匂いがする、というのは大きな要素です。
4. 温度
温かいものは、冷めたものより味を強く感じます。
減塩の料理ほど、温度が効きます。作り置きを冷たいまま出すのと、温め直して出すのとでは、同じ料理でも別物です。
「味がしない」と言われる料理が、実は冷めているだけということがあります。
5. メリハリをつける
これが最も見落とされています。
減塩と聞くと、全部の料理を薄くしたくなります。でもそうすると、食卓全体がぼやけて「何を食べても同じ」になります。
そうではなく、濃淡をつけてください。
- 一品だけ、はっきりした味にする
- 他は出汁の味で薄めに
- 全体の塩分量は同じ
これだけで、食事の印象がまったく変わります。メリハリのある食卓は、薄味でも満足感があります。
献立の組み方 ── まず汁物から決める
ここからが実践です。味をどこに集めるか。私の考えでは、まず汁物を決めます。
汁物は、絶対に薄くしてください
理由は2つあります。
ひとつは塩分です。 汁物は飲みものなので、入れた塩分がそのまま全部入ります。 おかずなら残すこともできますが、汁は残しにくい。ここに味を集めると、塩分だけが増えていきます。
もうひとつが大事です。薄い汁物は、口をリセットします。
会席で椀物が箸休めとして出てくるのと、同じ役割です。出汁の味がしっかりしていれば、塩分は薄くて構いません。
そして薄い汁物を口に含んだあとは、次に口に運ぶ料理を、どれだけ薄味でも最大限に味わえます。
汁物を濃くすると、この効果が消えます。逆に薄くすると、献立全体の味が立ちます。
具を増やす
汁物の塩分を抑えるもうひとつの手が、具を増やすことです。
具材が多ければ、それだけで栄養が摂れます。そして汁の量が相対的に減るので、同じ塩分量でも濃度を下げられます。
具だくさんの味噌汁は、減塩と栄養の両方に効きます。
味を寄せるのは、基本的に主菜
では、味をはっきりさせる一品はどれか。基本は主菜です。
ただし絶対ではありません。摂ってほしい栄養があるなら、そこに寄せてください。
卵を食べてほしいなら小鉢に。野菜を食べてほしいなら和え物に。味が立っている一品が、いちばん食べてもらえます。
やってしまいがちな失敗
全部を均等に薄くする
上に書いたとおりです。引き算だけの減塩は、続きません。
汁物に味を集めてしまう
「せめて汁くらいは」と濃くしたくなりますが、逆効果です。 塩分は全部入り、そのうえ他の料理が味気なく感じられます。
減塩調味料に頼りきる
減塩醤油などは便利ですが、それだけでは「薄い醤油味」になるだけです。うま味や香りと組み合わせて初めて効きます。
味見をしないで出す
作り手が高齢の場合、作り手自身の味覚も変わっています。家族の誰かが味見をするのが確実です。
本人に聞かずに決めてしまう
「何が食べたいか」「どう感じるか」を聞かないまま作り続けると、ずれたまま進みます。食べる本人が一番の情報源です。
それでも食べてもらえないとき
工夫しても食べる量が減っていく場合は、味付けの問題ではないかもしれません。
- 噛むこと、飲み込むことがつらい
- 口の中が乾いている、痛みがある
- 薬の影響が出ている
- 体調そのものが落ちている
味の問題として粘り続けるより、一度相談したほうが早いことがあります。 特に体重が減っている場合は、早めにかかりつけ医へ。
まとめ
塩を減らした分、次のものを足してください。
- うま味 — 出汁を濃く。組み合わせる。最も効きます
- 酸味 — 塩味を引き立てる。隠れる程度に
- 香り — 薬味、油、焦がし。味覚が弱くても届きます
- 温度 — 温め直すだけで違います
- メリハリ — 全部薄くしない。一品だけ立たせる
そして献立は、汁物から決めてください。
- 汁物は薄く。 出汁の味が効いていればいい
- 具を増やす。 栄養が摂れて、濃度も下がる
- 味を寄せるのは主菜。 ただし摂ってほしい栄養があれば、そちらへ
減塩は「味を減らすこと」ではありません。塩以外で味を作ることです。
そして和食は、もともとそれが得意な料理です。
次に読む記事
この記事を書いた人
調理師の資格が取れる高校を卒業後、看護師として病院に勤務。集中治療室(ICU)を経て、再び食の世界へ。医療と調理の両方の現場から、家庭でできる療養食のことを書いています。
看護師/調理師/食育インストラクター/野菜ソムリエ
