食べにくくなった人の食事で、いちばん問題になるのは「まとまらないこと」です。
噛み砕いたものが口の中でバラバラになり、ひとつにまとめられない。だから飲み込めない。刻み食が難しくなるのも、この理由でした。
では、どうやってまとめるのか。
その答えを、和食はもともと持っています。 介護のために作られた技術ではなく、何百年も前から料理として存在していたものです。
「あん」とは何をしているのか
あんかけの「あん」は、出汁にとろみをつけたものです。これを料理にかけると、次の3つが同時に起きます。
1. 素材どうしをつなぐ
バラバラのものが、あんの粘りでひとまとまりになります。口の中で散らばりにくくなる。
2. 喉を通りやすくする
なめらかな膜が、飲み込みの動きを助けます。
3. 味が乗る
ここが、とろみ剤との決定的な違いです。とろみ剤は無味ですが、あんには出汁の味があります。
薄味にせざるを得ない食事でも、あんが味を運んでくれる。食べる楽しみが減りません。
とろみ剤とあん、どう使い分けるか
| とろみ剤 | あん | |
|---|---|---|
| 目的 | 濃さを調整する道具 | 料理そのもの |
| 味 | ほぼ無味 | 出汁の味がある |
| 対象 | 飲み物、汁物 | おかず全般 |
| 安定性 | 濃さが安定する | 冷めると緩む |
| 手間 | 混ぜるだけ | 作る必要がある |
飲み物にはとろみ剤、おかずにはあん。基本はこの使い分けでいいと思います。
片栗粉のあんには弱点があります
家庭であんを使う前に、知っておいてほしいことです。
片栗粉はでんぷんです。そしてでんぷんは唾液で分解されます。 口に含んでいる時間が長い方の場合、口の中であんが水っぽく緩んでしまうことがあります。
せっかくまとめたものが、口の中でほどける。これでは意味がありません。
もうひとつ、冷めると緩むという性質もあります。 温かいうちは良くても、ゆっくり食べているあいだに状態が変わります。
対策:葛(くず)を使う
片栗粉は、じゃがいもなどから取れるでんぷんです。それに対して葛は、葛の根から取れるでんぷんで、不純物を限りなく取り除いてあります。
日本料理では昔から使われてきたもので、葛切りや葛湯、胡麻豆腐などに使います。
調理の現場での実感をひとつ書くと、すりおろしたりんごを混ぜ込んだわらび餅を作るとき、片栗粉より本葛のほうが、はるかにまとまりよく仕上がります。 水分の多いものを抱え込む力が違うのです。
この性質が、そのまま食事にも効いてきます。葛には片栗粉にない特徴が2つあります。冷めてもとろみが持続すること。 そして時間が経っても水っぽくならないことです。
ですから、冷やしあんかけのように冷たいまま出す料理には葛を使います。
そして介護の場面では、こちらのほうが大事かもしれません。食事をするのに時間がかかるようになってきたなら、葛をおすすめします。 ゆっくり食べているあいだに緩んでしまう、ということが起きにくくなります。
値段は上がりますが、使いどころを絞れば量はそれほど要りません。
基本のあん、3つの濃さ
出汁に対する片栗粉の割合で、用途が変わります。
薄めのあん(出汁200mlに片栗粉 小さじ1弱)
さらりとした状態。かけると素材の表面を覆う程度。魚や豆腐など、それ自体がやわらかいものに。
標準のあん(出汁200mlに片栗粉 小さじ1〜1.5)
とろりとして、素材をつなぐ力がある。もっともよく使う濃さです。刻んだものをまとめるならこの濃さ。
濃いめのあん(出汁200mlに片栗粉 小さじ2)
しっかりまとまる。ただし濃すぎると口の中で重くなり、かえって食べにくくなります。濃ければいいわけではありません。
失敗の原因は、2つしかありません
あんかけにダマが入っているのを、見たことがあると思います。原因はほぼ、この2つです。
1. 入れるときの温度が高すぎる
片栗粉は80度を超えると急激に固まり出します。 高い温度のまま入れると、混ざりきる前に固まってしまう。 先に触れた部分だけが固まって、残りは粉のまま閉じ込められる。これがダマの正体です。
「火を弱めてから入れる」と言われるのは、このためです。
2. 鍋底で沈殿している
水溶き片栗粉は、放っておくと沈みます。入れるときに液体のほうも混ぜて対流させないと、鍋の底に沈殿してそこで固まります。
つまり「入れてから混ぜる」のではなく、「混ぜているところに入れる」。 順番が逆になると、底にダマができます。
ただし、温度は低ければいいわけでもありません
ここが分かりにくいところです。
入れる瞬間は温度を下げますが、混ざったあとは、しっかり加熱する必要があります。 80度以上まで上げて初めて、とろみが安定し、時間が経っても分離しにくくなります。
加熱が足りないと、その場ではとろみがついたように見えても、置いているうちに水が出てきます。 粉っぽさも残ります。
入れるときは下げる。混ざったら上げる。 この順番です。
手順
- 出汁を温め、味を決める(薄口醤油、みりん、塩など)
- 火を弱める ── 沸騰させたまま入れない
- 鍋の中を混ぜて対流させながら、水溶き片栗粉を少しずつ加える
- 全体が混ざったら、しっかり加熱する(30秒ほど)
4の工程を省くと、粉っぽさが残り、時間が経って水が出ます。ここが仕上がりを分けます。
出汁そのものが、まとまりを助けます
あんの話をしてきましたが、出汁は「かける」だけのものではありません。
含め煮 ── 素材の中に水分を入れる
時間をかけて出汁を含ませた煮物は、素材そのものが水分を持っています。 パサつかず、口の中でほどけやすく、まとまりやすい。
やわらかく煮るだけでなく、「含ませる」。これが和食の技術です。
すり流し ── 素材を出汁でのばす
すりつぶした野菜や豆腐を出汁でのばしたもの。もともと嚥下しやすい形をした料理で、介護食のために工夫する必要がありません。
枝豆、かぼちゃ、豆腐、白身魚。季節のものが使えます。
卵とじ・蒸し物 ── 卵がつなぐ
卵は加熱すると固まり、素材をつなぎます。刻んだ具材を卵でとじれば、あんを作らなくてもまとまります。
茶碗蒸しをはじめとする蒸し物も同じです。卵が全体を抱えるので、具材が細かくても散りません。しかも器のまま出せるので、崩れにくい。
みぞれ煮・おろし和え ── おろしがからむ
大根おろしを使った料理です。おろしが全体にからんで、とろみと同じ働きをします。特別な材料が要らないのも利点です。
ひとつ、調理のコツを。大根に含まれる、でんぷんを分解する酵素は熱に弱いという性質があります。和食で焼き魚や揚げ物に生のおろしを添えるのは、昔からの組み合わせです。
ですから煮物にするときも、火を止めてから最後におろしを加えると、みぞれ煮の見た目のまま、生のおろしを使えます。
ジュレ・煮凝り ── 冷たいままとろみを持つ
温かいものを食べたがらない日もあります。そういうときに使えるのが、ジュレや煮凝りです。
出汁をゼラチンや葛で固めたもので、冷たいままでもまとまりがあります。 夏場や、熱いものを嫌がるときの選択肢として持っておくと楽です。
家庭で続けるための工夫
ここは、時短の話ではありません。飽きない工夫の話です。
介護食は、同じものの繰り返しになりがちです。食べる本人も飽きますし、作る側はもっと飽きます。続かなくなる理由の多くは、手間より、このマンネリです。
基本をひとつ、しっかり覚えてください
調理の現場で身についたのは、これです。基本の型をひとつ覚えると、食材と味を変えるだけで、同じ手順のまま別の料理になります。
食材を変える
親子丼の鶏肉を豚肉に替えれば、他人丼になります。
作り方はまったく同じです。でも肉から出るうまみが違うので、同じ手順なのに味が変わる。 別の料理として成立します。
味を変える
だし巻き卵は、卵5個に対して出汁150mlほど入れます。
同じ卵焼きでも、お寿司屋さんで出てくる甘い「玉」は、出汁ではなく砂糖を入れます。作り方は一緒で、調味料の配分が違うだけ。 それで別物になります。
だから、型を持つと楽になります
レシピを10個覚えるより、型を1つ覚えて、食材と調味料を振るほうが早い。 そして飽きません。
あんかけも同じです。あんの作り方をひとつ覚えれば、かける相手を変えるだけでレパートリーになります。魚、豆腐、野菜、卵。新しく一品作る必要はありません。
出汁は作り置きする
毎回ひくのは続きません。一度に多めにひいて、冷蔵で2〜3日、製氷皿で冷凍すれば1ヶ月ほど。小分け冷凍しておくと、1食分ずつ使えます。
市販の出汁パックでも構いません。続けられることのほうが大事です。
あんは「かける前提」で考えない
作った料理にあとからかけるだけでなく、煮汁にとろみをつけてしまうという手もあります。煮物の煮汁に水溶き片栗粉を回し入れれば、それだけであんかけ煮になります。
新しく一品作るのではなく、いま作っているものにひと手間。それで十分です。
まとめ
- あんは、素材をつなぎ、喉を通りやすくし、味を乗せる
- とろみ剤は道具、あんは料理
- 片栗粉のあんは唾液で緩むことがある。時間をかけて食べる方には葛が向く
- 濃さは3段階。濃ければいいわけではない
- ダマの原因は「入れるときの温度」と「鍋底の沈殿」の2つだけ
- 入れるときは下げる。混ざったら上げる
- 出汁は「かける」だけでなく「含ませる」
- 蒸し物、みぞれ、ジュレ。まとまりを作る和食の形はいくつもある
- おろしを使うなら、火を止めてから最後に加える
- 型をひとつ覚えれば、食材と味を振るだけで飽きない
介護食のために新しい技術を覚える必要はありません。和食がもともと持っていたものを、少し意識して使うだけです。
次に読む記事
この記事を書いた人
調理師の資格が取れる高校を卒業後、看護師として病院に勤務。集中治療室(ICU)を経て、再び食の世界へ。医療と調理の両方の現場から、家庭でできる療養食のことを書いています。
看護師/調理師/食育インストラクター/野菜ソムリエ
